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爆心地から800mの胡町、中国新聞社、西北から南東に向けて望む。後方の山、左二葉山、右比治山の一部。爆風で脱線した電車を移動させる作業に人々が集まっている。電車通路に面した後方の建物は当時の広島東警察署(岸田哲平さん撮影) |
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地獄だ。この世の地獄だ。広島の街が地獄と化した。
廃虚、しかばね、悲鳴、うめき、炎と煙…。夢まぼろしではない。今、目の前に繰り広げられている出来事を地獄と言わずして何と表現すればいいのか。他の言葉を思いつかない。
「水をください」「熱いよう」「痛いよう」「おかあちゃん」ー。
市内にはあらゆる悲鳴とうめき声があふれている。熱線で焼けた皮膚がだらりと垂れ下がり、筋肉がむきだしの親子。ボロボロになった服を辛うじて身に着けてさまよう男女。横たわった重傷者はわずかに手を動かし、水を求めている。その脇には、黒焦げの塊もころがっている。
川面は死体で埋めつくされた。道路には焼けたあらゆる物体が並んでいる。ちぎれて散乱する電線がクモの巣のように絡んでいる。焼け野原の街のところどころに立ち残るビルも多くは内部が吹き飛び、焼け落ちた。
電車の残骸(がい)がある。真っ黒焦げの車内にはつり革につかまったままの死骸が見える。座ったまま、あるいは床に折り重なった死骸…。ビル入り口の石段には人影が焼き刻まれている。目に入るすべての光景は、死と炎と廃虚しかない。
暑い夏の日、それまで確かにここにあった美しい広島の街は消滅し、代わって屍(しかばね)の街が出現したのだ。
なぜ広島が狙われたのだろうか。軍都であるからだろうか。日清戦争時に明治天皇が滞在して臨戦首都となった。第五師団が置かれ、軍の工廠(しょう)、砲台が整備されてきた。宇品の港は大陸へ将兵を送り出す基地であり、船舶司令部もある。最近は西日本の大本営とも言える第二総軍も置かれていた。
しかし最大の目的は、この新兵器の威力を誇示し、破壊力を確かめるという軍事目的に違いない。今年に入って全国各地で米軍の空襲が激しさを増したが、広島はほとんど無傷のまま残っていた。デルタの平たん地中央部で爆発させたのは、都市と人体への被害を冷酷に調査、分析するためであろう。
「無警告での爆弾投下はするべきでない」と、米の科学者もトルーマン大統領に上申していた。にもかかわらず投下したのは、新兵器の破壊力を調査する「実験」目的を重視したことを示す。あわせて、ソ連をけん制する狙いもあったに違いない。
大統領は原子爆弾だと発表し「革命的な破壊力」で軍事都市を攻撃したのだと自負した。しかし、その破壊力が都市と人間に対して及ぼす影響を彼は想像しただろうか。広島の街は軍事施設や軍人ばかりでない。むしろ、多くの無辜(こ)の市民を殺傷している事実を彼は知っているだろうか。
地獄絵図の中にいる者として断言する。この兵器は明らかに人道に反している。原子爆弾は明白に国際法違反だ。特定の軍事目標でない住宅、商業施設、学校、病院…。日常の市民生活が営まれている都市すべてを破壊した。非戦闘員である幼子、女性、老人を見境なく容赦なしに一瞬にして殺した。死なずに苦しむおびただしい負傷者も悲惨というほかない。この爆撃が究極の無差別攻撃だということは明白だ。虐毀である。
この戦争を始めたのが日本であったにしても、報復として原子爆弾の投下は許されはしない。
被害を受けたのは日本人だけではない。友好国ドイツをはじめ、東南アジアや中国、朝鮮の多くの労働者、学生、軍属が被爆した。驚くべきことにアメリカ人の捕虜も亡くなっている。アメリカ政府は承知の上で攻撃したのだろうか。原子爆弾の無差別性は国境や国籍、敵味方の区別すらつかない。
かつてない被害の中、生き残った市民が早くも負傷者救援と復旧作業に立ち上がっている。自ら傷を負った者も、より深手を負った者を助けている。市外からの救助隊も続々駆けつけている。それでも復興にどれだけの時間がかかるかは想像もできない。何万という死者を出し、家族や知人を失った人々がショックから立ち直ることができるのか。負傷した人々は、傷が癒(い)えるのか。今はとても将来が見える状態ではない。
惨状を前に、原子爆弾を投下した者に対する憎しみはわき起こる。しかし圧倒的な被害を前にして思う。憎悪による復讐(しゅう)は人類を滅ぼすことにつながるだけだ。この爆弾は、アメリカが日本に落としたものでなく、人類が人類に落とした兵器、として歴史に刻まれるべきだ。
私たちは、本日ここで起こっているできごとを多くの人に知らせなければならない。国境を超えて世界のあらゆる人々に知らせなければならない。時を超えて後の世のすべての人々にも広く知らせなければならない。
死と破壊の惨状と、地獄の町に身を置いている者の体験を永遠に伝え続けていく。 |
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