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  • 山の向こう「光った」
    比婆郡に疎開の児童

    (六日午後)
 大手町国民学校六年の木本沼八君は学童疎開先の比婆郡山内北村にある田川国民学校の校庭で清掃作業中に、緑の山の上空が一瞬、明るくなったのを目撃した。

 「光ったよのー」 「ほんまじゃ」…。疎開児同士でこんな会話をした。早朝のラジオ体操、学校に隣接する田川寮での簡素な食事を終え、校庭に出て間もなくだった。

 昼過ぎ、児童二人の母親が寮を訪れ、子どもを連れて庄原駅に向かった。

 ところが、木本君らが遊び終えて寮に帰ってみると、母親も子どもも引き返していた。寮母や教師に「広島に大きな爆弾が落ちたそうよ」「汽車も動かんのよ」と騒々しく話していた。
 
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